他社と差がつく仕上げ技術を、あえて表に出す価値

SNSに仕上げの様子を動画で出すとき、正直いまだに少し迷う瞬間がある。手の内を見せすぎると、他社に真似されるんじゃないか。駆け出しの頃はそう思って、現場の写真すらあまり出さなかった時期があった。ただ15年やってきて、今はっきり言えることがある。本当に差がつく技術は、見せたところで誰にも真似できない。

社長、仕上げの様子を動画でそのまま出すのって、他社に真似されませんか?

その心配、最初の数年はずっとあったわ。せやけど今は、見せられる技術は見せたほうがええと思うてる。
真似される技術と、見せても真似されない技術の違い
工程の順番や道具の使い方の基本は、動画を見れば確かに真似できる。こての動かし方、下地の作り方、段取りの組み方。ここまでは見て覚えられる範囲だ。だが、こて先の力加減、乾き具合を見極めるタイミング、模様の揺らぎを均等に見せる感覚。これは何年も現場で体に入れた経験でしかたどり着けない。動画を一本見ただけで真似できる技術なら、そもそも他社に差をつける技術じゃなかったということだ。同業の職人が動画のコメント欄に「どうやってるんですか」「それ専用の道具があるんですか」と書き込んでくることがある。プロが見ても手順だけでは再現できないと分かるから、質問が来る。逆に言えば、同業者から何も聞かれない技術は、見せても見せなくても差別化にはならないということでもある。見せる前に自分の技術をそう振り分けて考えるようになった。同じ考え方は、工程を惜しみなく共有する理由を書いた洗い出し仕上げの話にも通じる。見せて困る技術と、見せたほうが得な技術は、思っているより分かれている。

わしも若い頃、師匠の手元を何百回見たか分からん。見て覚えられるんは段取りだけや。仕上がりの感覚は、何年も自分の手でやらな身につかへん。
全部は見せない、という出し惜しみの使い方
技術を見せることと、全部を見せることは別の話だ。動画の途中までしか出さず、続きが気になる人にはコメントで聞いてもらう。そうやって反応を見てから、ニーズが本当に高ければもう少し詳しく見せる。この出し惜しみは隠しているのではなく、興味を保つための見せ方の工夫だと思っている。技術をどう次の世代に繋ぐかという話も、結局は同じ構造だと思っている。隠して守る技術より、見せて伝える技術のほうが、結果的に会社に残る。どこまで見せるかは、技術の難易度と、相手がプロか施主かによって変えている。
見せたことで実際に起きたこと
SNSに仕上げの動画を出すようになって変わったのは、同業者からの反応だ。純粋に「すごい」と言ってもらえると、営業文句を並べるより何倍も信頼につながる。技術をアピールしたくて口で説明しても、言葉だけでは伝わらない。実際に手を動かしている様子を見せたほうが、何年やってきたかが一瞬で伝わる。
一方で、絶対に見せないと決めている部分もある。単価や原価、仕入れ先、値引き率。これは技術とは別物で、見せてしまえば他社に計算の仕組みごと逆算される。技術は見せるほど信頼につながるが、価格の仕組みは見せるほど不利になる。この線引きを曖昧にすると、せっかく積み上げた技術まで安売りする羽目になる。拘りを持って仕事をしている職人ほど、見せることに慎重になりがちだ。だが本当に経験で積み上げた技術は、見せたところで奪われない。むしろ見せないままだと、その技術があること自体が誰にも伝わらない。
GAIQO GENBAの記録が、そのまま見せられる技術になる
日報や現場写真を淡々と残しているだけでも、実はこれがそのまま見せられる技術の材料になる。特別に動画を撮らなくても、現場で撮った工程写真を振り返ると、どの会社にも真似できない仕事の積み重ねが写っている。GAIQO GENBAで日々記録しているのは、原価や工数の管理のためだけじゃない。あとから見返したときに、自社の技術をそのまま見せられる資産になっている。

ただの記録だと思ってましたけど、そういう使い方もあるんですね。

記録を残しとくだけで、あとから営業にも採用にも使える。今はまだ気づいてない会社のほうが多いと思うで。
結局、見せるか見せないかで悩む時間があるなら、まず見せて困るものかどうかを自分に聞いてみるといい。経験でしか積み上げられない技術なら、見せて減るものは何もない。減るどころか、見た人の中に「あの会社は違う」という印象だけが残っていく。
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